大塚英志

オタク文化の評論家

大塚英志さんのプロフィール

略歴

1958年東京都出身。

評論家、小説家、漫画原作者、雑誌編集者。筑波大学第一学群人文学類卒。民俗学専攻。

研究者を目指そうとしましたが、論文が学問向きではなくジャーナリスティックであったため、断念しました。

学生時代に大塚えいじの名前で漫画を描いています。卒業後、編集のアルバイトをし、「漫画ブリッコ」の編集長となります。1985年創刊の「月間少年キャプテン」で「強殖装甲ガイバー」の初代編集者になります。この作品は日本の漫画で初めてハリウッド映画になりました。1988年から1989年に起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件をきっかけに、おたく文化についての評論を行います。

漫画やゲームなどのサブカルチャー論の他、漫画史におけるイデオロギーの問題を取り上げています。

本業は漫画原作者としていて、原作を手がけた小説も発表しています。

多分、私の周りの人に、評論の本を出しても「誰それ?」と言われそうですが、漫画や小説を出したら有名な作品ばかりなので、「一緒の人なの?」と驚かれそうです。

主な作品

漫画原作

1991 年魍魎戦記 MADARA シリーズ

1994 年聖痕のジョカ&新・聖痕のジョカ

1997 年多重人格探偵サイコシリーズ、北神伝綺

1999 年木島日記

2004 年リヴァイアサンなど

小説

1992 年魍魎戦記 MADARA シリーズ

1998 年多重人格探偵サイコシリーズ

2000 年木島日記

2003 年くもはちなど

評論

1989 年物語消費論、少女民俗学

1991 年少女雑誌論

1995 年「りぼん」のふろくと乙女ちっくの時代――たそがれ時にみつけたもの

1996 年「彼女たち」の連合赤軍――サブカルチャーと戦後民主主義

2000 年物語の体操――みるみる小説が書ける 6 つのレッスン

2001 年サブカルチャー反戦論、戦後民主主義のリハビリテーション――論壇でぼくは何を語ったか、江藤淳と少女フェミニズム的戦後――サブカルチャー文学論序章、最後の対話――ナショナリズムと戦後民主主義

2003 年キャラクター小説の作り方、少女たちの「かわいい」天皇――サブカルチャー天皇論

2004 年サブカルチャー文学論

雑誌編集

漫画ブリッコ、 COMIC BOX Jr. (初期)、新現実、 comic 新現実

大塚英志

私たちはたくさんのメディアから情報を取り入れてきました。

その情報が必ずしも事実ではないことは、週刊誌などで感じるのですが、何が嘘で何が本当か、また、その情報について疑うということを自ら訓練しなければ、何の疑問もなく受け入れてしまいそうです。私はこの、「疑うこと、考えること」を訓練したいと思っていました。

自分たちがどんな時代に生まれてきて、今までにどんなことがあったのか、メディアの影響はどれだけあったのか、ということが知りたくて、大塚英志さんの「定本物語消費論」から入っていくことになりました。

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【作品について】 - 読んだ本

【COMIC BOX Jr.】

おたく向けの雑誌です。同人誌総合情報マガジン。私が読んでいたのは、1989年前後です。「聖闘士星矢」「天空戦記シュラト」「キャプテン翼」「鎧伝サムライトルーパー」の同人誌が全盛期の頃です。

この本の編集をしていたとは、全く知りませんでした。しかし、漫画やおたく文化に詳しい理由がよくわかりました。

定本物語消費論

この人が原作の本は全ておたく受けします。

子ども向けではないという点では他にも「カウボーイビバップ」や「サムライチャンプルー」などありますが、大塚さんの作品には、どこか内側に閉じたおたく要素が盛り込まれています。

大きなポイントは同人誌になりやすいと点があります。キャラクターを動かしやすいです。ひとつの作品で読者は更に作品を作っていく、という作業をします。

この本では、物語は消費され、複製され、再生される、ということを伝えています。

最初、この本を買ったときは、年表がついていたので、データベースとして活用するつもりでいました。

新現実Vol.2

「天皇制の立場」をテーマに、宮台真司。福田和也、大塚英志らが語った分厚い雑誌です。団塊世代や団塊世代ジュニアについて、「物語消費論」について書かれています。

二次創作というものは、与えられたフレームの中で自己表現をしている、消費行為だというところに共感しました。

おたくの中に版権物を扱った二次創作が圧倒的に多いのも、既製品を元にした簡単にできる自己表現なのかな、と思います。

大塚英志論

すべてのメインカルチャーがサブカルチャーになっていく。

おたくについての考察は、まんが、アニメ、ゲームに留まらず、洋服などについている「くまさん」や少女雑誌にも向けられています。サブカルチャーという種類が増えてきている、大塚さんが専門としている、語るものが増えてきているということの現われです。

また、日本自体が物語として、あたかも自分のことのように語られていると言っています。日本に何かがあると自分のことのように感情移入してしまう、自分のことのように話してみたくなる、というのは私にもよくあります。

ただの不安感や日本に対する興味だけでなく、日本にいる自分の存在を語ることで自己表現したいのだと思います。

私的おたく論

私は飽きっぽい性格で、長くはまるということがありません。

不安定な小学生の時から、アニメやまんがに入り込んで、たまに長くはまるのですが、はまれる作品がそれほどありませんでした。はまった作品は今でも好きで、何回でも見ることができます。見るたびに印象が違います。それは、自分の中で作品を受け入れ、更に自分で作品を作り上げるという作業です。何か形にするにしても、しないにしてもです。その作業をしたくて仕方がありません。

でも、多くの作品は、その作業をすることなく、次の作品、次の作品と消費するだけになってしまっています。そういう時期が長いので、自分自身がおたくなのか、おたくではないのか判りません。アニメやゲームのおたくから洋服や人形や映画といったものへシフトしているかもしれません。作品を取り込み、咀嚼し、栄養にしたいのです。

ただ、昔の作品を今でもずっと見ていて、今もはまれる作品を求めている、おたくについて客観的に見ることができるくらい長いおたくだとも言えます。

同年代のおたくの子と話をするのですが、「ぎゃー」「ふふふ」「がーん」といった言葉を口にするおたく言葉が多くてついていけないときもあります。私の時は作品をネットで公開することもなかったし、コスプレだけのイベントなんてありませんでした。

最近は外見ではおたくと判らない人も多く、自分を身奇麗にし、キャラクターに近づけ、コスプレをしてその世界を楽しむという手法が増えてきたようです。おたくも進化しているんだな、と思いました。

大塚さんの作品たちは私と同じく、おたくの中に身を置いて客観視することができるからこそできた作品たちだと思います。

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